弟の葬儀

昨日(5月23日)、弟の葬儀を執り行ない喪主を務めました。

弟は、5月19日に永遠の眠りにつきました。

4月28日に心肺停止状態で病院に運ばれ、急性心筋梗塞で緊急手術を行なって、その後は集中治療室(ICU)で頑張っていました。

亡くなるまで一度も意識が戻ることは、ありませんでした。あまりに突然のことで、弟がいなくなったことが信じられない。

残された二人の娘も、悲しみに暮れていました。

弟は、バイクが大好きでメンテナンス技術もプロ並み。愛車のCB750もエンジンまで分解して、調整していました。

私のハンターカブも弟が調整してくれていたので、すこぶる調子が良いです。

たまに顔を合わすと、バイクの話をしたりしてとても楽しかった。

当たり前のような会話も、もうできない。本当に悲しい。

たまには夢の中でもでできて欲しい。会いたいな。

 

弟がメンテナンスしていてくれたハンターカブ。

クラッチもつけてもらった。シフトインジケーターも、リアサスも交換し、タイヤも交換してくれた。どこもかしこも弟の手が入っている。

弟へ、ありがとう。ありがとう。。。。。

ハンターカブ、大切に乗るよ。ありがとう。

 

 

 

 

医療用麻薬の量を増やしました。

3月23日(月)に病院へ電話し、医療用麻薬が不足する旨を伝えました。追加の薬の処方は診察が必要となるので急遽3月24日(火)に受診することに行ってきました。

医療用麻薬は、オキシコンチン30mg(1日2回、12時間毎に服用)とオキノーム(屯用)を服用していましたが、ベースとなるオキシコンチンを30→40mgに増やすことになりました。

オキノームの使用回数が減ると考えられすが、オキノームは余裕を大幅にみて、100包処方していただきました。

これで次回の診察(3月31日)まで、オキノームが不足することは無くなりました。

ひとまず安心です。

抗がん剤投与後、5日目

3月22日(日)、抗がん剤投与後、5日目です。

入院中、痛みの緩和の専門医の診察を受けたため、退院は3月20(金)になりました。

自宅での妻の寝起きが少しでも楽になるように、介護ベットを設置しました。

妻は、相変わらず痛みがひどく、食事とトイレ以外はほとんど横になっています。入院中に医療用麻薬のオキノームの飲むタイミングについて、「痛い時に飲むこと。」と指導されたので、妻のオキノームの服用回が増えました。指導前は、1日4包位しか飲まなかったです。

退院時のオキノームの数は、64包だったと思う。次に診察は3月31日(火)です。毎日7〜8包のオキノームを服用するので、11日間で77〜88包必要となります。

今、オキノームの残数は48包。このままのペースでオキノームを服用すると土曜日には痛み止めのオキノームが尽きてしまう。

病院に連絡して、オキノームを処方してもらえないか問い合わせしてみます。

 

抗がん剤治療が始まりした。

妻の子宮頸がん(ステージ4)の抗がん剤治療が、本日(3月18日)に始まりました。

抗がん剤治療は、TC療法+キイトルーダです。

ここに辿り着くまで、本当に長かった。

 

まず、3月16日(月)に採血と再診。大学を卒業した娘も付き添ってくれました。

祈るような気持ちで血液検査の結果を待ち、担当医から「肝臓の状態が回復したため、まだ注意が必要だけれど、抗がん剤治療できる状態」の説明があり涙が出そうになりました。3月17日(火)に入院して、3月18日(水)に抗がん剤治療開始の予定となりました。

また、医療用麻薬を処方されていますが担当医に痛みがあまり取れないで副作用が大きい事を伝えてたところ、緩和ケアの専門医と痛みの薬の調整を行ないたいので、入院が3月20日までになりました。

 

入院まで何も起こらず、すんなり入院して欲しいと思っていましたが、そうは問屋が卸しませんでした。

最初は、妻の発熱です。

病院から帰宅後に遅い昼食(午後2時ごろ)を食べ、少ししたら妻の言動が怪しくなり(帰宅途中で、薬局に行ったことを覚えていない等)、いつも食後に体温を測定していたので、測ったら39度2分もありました。急いでカロナールを飲ませて寝させました。冷凍庫の保冷剤をタオルに包み、妻の頭にあてがいました(冬は冷蔵庫の製氷機能を停止しているので氷がなかった)。腫瘍熱のためか、発熱は毎日ありますが、高くても38度3分程度でした。

これはやばいと思って、病院へ電話して婦人科に繋いでもらいました。「意識があり、水分等が飲める状態であれば、次第に熱は下がると思われます。もし水分が補給できないような状態になったらすぐ電話するように」とアドバイスを受け、私の気持ちも少し落ち着きました。

30分毎に体温を測定し、2時間後には38度以下になったので安心しました。

 

二つ目の症状の悪化は、膣からの出血です。

発熱した翌朝(入院予定日の午前6時半頃)、妻が「夜、膣から出血した。生理の初日位の量。痛くて一晩中眠れなかった。痛いのが辛いので、嫌いなオキノームを飲んだ」と言ってきた。薬を飲んだ記録をつける用紙の備考欄に「膣から出血」の記入が、2時と4時にあった。妻に「救急車呼ぶか」と聞いたら「すごい出血ではないので、呼ばなくて良いよ。生理の初日位だから」と言う。それなら、「8時30分になったら病院に、聞こう。入院時間を早めてもらえないかだけでも聞きたい」と私が言って、とりあえず妻も納得した。

午前8時少し前に、妻がトイレに行った。「ナプキンが真っ赤だった」と妻が言うのでこっちは、気が気ではない。8時30分に病院へ電話し、看護師さんに経緯を説明したら、「安静にして過ごせば出血が急に多くなることは無いと思われるので、予定通り14時に入院してください。もし、出血がひどくなるようでしたら、電話してください」と何か慣れている感じの回答でした。妻は痛みがひどいので、オキノームを再び飲んだ。

早く時間よ、過ぎてくれ〜〜と思いながら、入院に必要なものをバッグに詰めました(妻は痛みで横になっており、作業できない状態)。

13時30分に家を出て病院へ向かった。

やっと入院できた。

 

妻の闘病と親の世話

妻は、今日も調子が悪くトイレと食事以外は、ほとんど寝たきりです。

薬の残数を数えて記録し、明日の再診に備えました。

妻が息子のために私に内緒で契約していた息子の生命保険、妻の強い希望で解約することにしました。

その手続きは医療用麻薬の影響で、一つのことをやり遂げることが出来なくなっている妻の代わりに私が行ないました。

解約したお金は、息子の口座に入れます。妻からの最後の大きな贈り物だと思う。とても辛いです。

今日は、実家に行って私の母親の世話をする日です。週に3回ほど通い、二日分の味噌汁をつくります。母は94歳ですが、住み慣れた家で過ごしたい希望があり、数年前から世話をしています。かろうじてIHコンロの使い方は、覚えているのでなんとか味噌汁を温めることはできます。

残念ながら電子レンジの使い方は忘れてしまい、今では電子レンジは使えません。(使い方を紙に大きく書いて貼っても、ダメでした)。母は耳が聞こえないので、筆談です。必要なことは紙に書きます。

何を思ったか、母が急に「梅をもぎに畑にいきたい。」と言い出した。以前借りていた畑に植えていた梅の木のことを思い出したのだと思います。

もう、「畑は返却したから梅は取りにいけないよ。それに3月中旬だから梅の花が咲き終わったところで、梅の実はまだだよ」と書いて伝えました。

その5分後には、また、母が「梅をもぎに畑にいきたい。」と言い出し、先ほど書いた紙を指さして、再び納得してもらう。味噌汁を作っている間に、こんなやり取りを5回位繰り返しました。正直、うんざりします。

ただ、私が帰るときに、母から「今日も味噌汁ありがとう」と言われ、疲れた体が少しだけ軽くなりました。

 

 

 

妻の号泣

朝、妻が7時前につらそうに起きてきた。そして、「寝汗がすごい。痛みも強くて薬が効かない。私、このまま死んでしまう。怖い!」と言って号泣した。普段から気が強い妻の絶望した号泣に、私は妻をハグして二人で声をあげて泣きました。それしか出来なかった。

少ししてから、ぐっしょりと汗で重くなった布団等の寝具一式を交換し、妻には横になったもらった。

今、3月14日(土)9時38分。診察のある月曜日までが長い、早く月曜日になれ!!

それと、今とても後悔している。地元の総合医療センターに戻るのではなくて、原発不明がんの元を見つけてくれた、がん研究センター中央病院で治療の開始をお願いするべきだった。

ホテル暮らしでお金がかかることに躊躇してしまった。

本当にバカだった。

月曜日に血液検査の結果が悪く、抗がん剤治療が開始できないなら、げん研究センター中央病院への再度の転院をお願いしよう。

全財産が尽きても構わない。ホテル生活でがん研究センター中央病院に通院する。

妻にがん治療を受けさせたい。

 

医療用麻薬の副作用?薬の管理ができなくなる。

がんの痛みがひどいので、妻には医療用麻薬のオキノームとオキシコンチンが処方されています。この他にも薬が処方されており、薬の管理を妻に任せていました。しかし、昨日、目に涙を溜めながら、妻が「薬を飲んだか、飲まなかったのか、覚えていない、わからなくなった。」と言ってきた。

退院した日に、妻に指示されて薬の飲んだかを確認するチェックシートを作ったが、最初の数時間を記入しただけで、あとは空欄になっていた。

妻の話では、「痛みをとる医療用麻薬を飲むと考えことが出来なくなり、直前のことも思い出せなくなる。とくにオキノームは、飲みたくない。頭がバカになるのでつらい。でも痛みに耐えられないので飲むしかない。」とのこと。

いままで、看護師でしっかりしていた妻に、薬の管理を丸投げしていたが、妻はがん患者で医療用麻薬を服用していることをもっと重く認識すべきだった。

各種の薬の役割と飲み方をインターネットネットを調べながら、そして朦朧としている妻から聞き出して、今後は私が薬の管理をすることにした。妻に申し訳ないことをした。

幸いにして、残薬の数から判断して、医療用麻薬(オキシコンチン)の飲み過ぎは無いようでした。

薬をもらうときは、私が薬の役割や飲み方を聞くようにしないとダメだ。今までの鎮痛剤と違って医療用麻薬は、人を変えてしまう。